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和歌山地方裁判所 昭和32年(モ)345号 決定

和歌山県西牟婁郡

申立人

白浜町

右代表者町長

南和七

右申立代理人弁護士

平野光夫

吉川大二郎

同郡白浜町八六八番地の七

相手方

明光バス株式会社

右代表者代表取締役

小竹林二

右当事者間の昭和三二年(モ)第三四五号仮処分執行停当申立事件につき、当裁判所はつぎのとおり決定する。

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

申立人は「申立人、相手方間の和歌山地方裁判所昭和三二年(ヨ)第一九六号専用自動車道占有妨害禁止仮処分命令申請事件につき、昭和三十二年七月二十日なされた仮処分決定に基く執行は、右仮処分決定に対する異議申立事件の判決確定に至るまでこれを停止する。」との裁判を求め、その主張する理由の要旨は、和歌山地方裁判所は昭和三十二年七月二十日前記仮処分申請事件につき「被申請人(本件申立人)白浜町は、申請人(本件相手方)の有する和歌山県西牟婁郡白浜町南湯畸県道富田停車場路線に接続する白石土地会社経営地道路終点同町字爪切二九二七番地から、和歌山県営種畜場前、大浦荘門側道路に接続する、延長三・〇七二粁の専用自動車道としての占有を妨害してはならない。」旨の仮処分決定をしたところ、右道路の占有妨害とは、申立人が該道路につき「路線の認定」と「供用開始」の処分をなし、これに基き行政代執行法による代執行をなすことを指すものであつて、結局右仮処分は行政処分の執行を停止することを直接の目的とするものであるから、行政事件訴訟特例法(以下単に特例法という。)第十条第七項に違反する違法の決定といわなければならない。そこで、申立人は同年八月三日右仮処分に対し異議の申立をしたのであるが、右仮処分決定は、申請人たる相手方の満足を目的とする断行的処分を命ずるものであり、且つ、右仮処分の結果、申立人は回復することの出来ない損害を蒙るおそれがある。すなわち、相手方が前記道路を専用自動車道として独占する結果、町民が自動車で該道路の沿線にある火葬場に行くことを不能ならしめているばかりでなく、遊覧のため他府県より来る貸切バスや自家用車、タクシーはもちろん、町内に存する旅館所有のバスでさえ相手方によつて乗入れを拒否され相手方所有のバスに乗替を強いられているのである。そして観光事業の発展を企図することは申立人町としては最も重要な使命であるが、近時わが国内における観光事業はめまぐるしい発展をとげ、各観光地は観光客の誘致に懸命の努力を払い、これが競争はいよいよ烈しさを加えつつあるから、この機会に相手方の有する本件専用自動車道の独占を解放し、一般市民や観光客のためにもその使用を許すことは極めて緊要の事に属するところ、異議の判決あるまでこれを放置していたのでは、町民の福祉は徒らに阻害され、また他の観光地との熾烈な競争に敗北しなければならないようになり、行政庁としての申立人町の任務遂行は不能となり、回復し難い著大な損害を蒙るものであるというのである。

よつて案ずるに、およそ仮処分決定に対し異議の申立があつた場合、直ちに民事訴訟法第五百条、第五百十二条を準用してその執行を停止しうるかどうかについては争のあるところであるが、仮処分が特例法第十条の規定によつてなすべきであるのに民事訴訟法の規定によつてなされた場合、又は、現実になされた仮処分の内容が、権利保全の範囲を逸脱し、仮処分申請人をして権利の終局的満足を得しめ、若しくは、その執行によつて債務者に回復することの出来ない損害を生ぜしめるおそれのある場合に限り、特に前記民事訴訟法の規定を準用して執行停止をなしうると解する(最高裁判所昭和二五年九月二五日決定参照。)ところ、これを本件仮処分について考えてみるに、

一、申立人は、本件仮処分が、特例法第十条第七項の規定に違反する違法な決定であると主張するところ、

(一)  相手方の主張する本件仮処分申請の理由の要旨が、(1)申立人は、申立人と相手方との間に、昭和十年十月二十八日締結された土地(本件道路)使用に関する契約中、「申立人は、村道として必要が生じた場合、本件道路工事費の未償却額全部を相手方に補償するときは、相手方は、契約所定の残存期間(昭和四十年十月二十八日迄)の利益を主張せず、直ちに道路全線を申立人に引渡し、同時に道路上における本件道路専用による自動車営業を廃止する。」旨の条項により、相手方の有する本件道路の専用が既に廃止され、その使用権が申立人に帰属したことを理由とし、(2)更に、申立人において、昭和三十一年十一月五日、本件道路を町道として路線の認定をしたことによつて、一方的に本件道路の使用、占有権を取得したと主張して、道路法第十八条所定の供用開始の告示をなし、相手方に対し、本件道路に存する通行遮断機、標識、その他一般交通の妨害となるべき施設全部を撤去すべき旨を通告し、ついで、行政代執行法に基き代執行命令書を送達して、代執行により本件道路に対する相手方の占有を侵奪ないし妨害しようとしているところ、申立人は、未だ(1)による本件道路の使用権を取得していないものであり、(2)従つて、右使用権を取得せずしてなした供用開始処分は当然無効であるから、これが有効であることを前提とする前記代執行命令も無効である。よつて、相手方は、申立人に対し、本件道路の占有保持、ならびに、占有妨害排除の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、右行政代執行に名を藉る申立人の実力行使によつて、右本案判決あるまでに、本件道路の占有を侵奪ないし妨害される急迫なおそれがあるから、本件仮処分申請に及ぶ。」というにあることは、本件仮処分記録によつて明かである。

(二)  ところで、特例法第十条第七項の規定は、処分行政庁を被告とし、行政処分の取消、変更、又は無効確認そのものを本案の訴訟物とする場合にのみ適用されるものであつて、行政処分の当然無効を前提として、私法上の権利関係の存否、確認等を本案の訴訟物として、これが保全のためになされる仮処分にはその適用がなく、その手続については民事訴訟法第七百五十五条ないし第七百六十三条の規定が適用さるべきものである。けだし、行政処分が当然無効の場合においては、その処分は当初から存しないに等しく、行政庁がたとへ右処分の執行として或具体的行為をしたとしても、それは行政処分の執行に名を藉る事実行為に過ぎず、私人の行為(行政庁が一私人の立場で行う私法上の行為)となんら異るところがないにもかかわらず、かかる場合にも、右行政庁の行為を行政処分と解し、これが排除のために民事訴訟法による仮処分発令の要件を加重した特例法第十条の適用があると解することは、国民の権利保護に欠くるうらみなしとせず、又司法権の行使を無用に制限することになるといわねばならないからである。

(三)  而して、相手方が本件仮処分において主張する被保全権利が、本件道路の使用権ないし占有権であり、申立人がなさんとしている行政代執行の根拠たる本件道路の供用開始、ないし代執行命令が当然無効であることを理由として、右代執行に名を藉る申立人の事実行為による占有の侵奪ないし妨害の排除を求めるために本件仮処分申請に及んだものであることは、前示の通りであつて、右主張事実は、本件仮処分申請事件の記録に徴し一応疏明されていると認められるから、本件仮処分手続について特例法第十条第七項の規定の適用がないことは、(二)に述べたところにより明かであろう。

二、申立人は、本件仮処分がいわゆる断行処分であつて、相手方の権利保全の範囲を逸脱し、又これにより申立人が回復すべからざる著しい損害を蒙ると主張するところ、本件仮処分が相手方の本件道路に対する占有を現状のまま保持せしめるものであつて、いわゆる「断行的仮処分」でなく、相手方の権利保全の範囲を逸脱したといえないことはいうまでもないところ、申立人が、これにより回復することのできない損害を蒙るという点については、なんらの疏明がないのみならず本件仮処分が従来の契約に基ずいて存していた継続的状態を、そのまま持続せしめたに過ぎないのであるから、これによつて、たとへ申立人に損害が生ずるとしても、それは、従前契約が存していた当時におけると同様の損害に過ぎないことが推認されるから、これをもつて回復することのできない損害ということができない。

以上、申立人の主張はいずれも理由がなく、他に本件仮処分の執行を停止すべき必要を認めることができないので、申立費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り決定する。

昭和三十二年八月二十日

和歌山地方裁判所

裁判長裁判官 亀井左取

裁判官 下出義明

裁判官 原政俊

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